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東京高等裁判所 平成3年(ネ)3459号 判決

控訴人

株式会社バンドホテル

右代表者代表取締役

齋藤守弘

右訴訟代理人弁護士

岩田豊

被控訴人

養命酒製造株式会社

右代表者代表取締役

塩澤護

右訴訟代理人弁護士

山田忠男

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求原因は、原判決書別紙請求の原因に記載するとおりであるから、これを引用する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因一の事実は認める。

2  同二の事実のうち、控訴人が被控訴人主張のような株式を保有している事実は否認する。控訴人は、当初から購入した株式をそのまゝ譲渡担保等に供して金員の融資を受けるという方法で、株式を購入してきたものであり、名義だけの所有者となっているものである。また、控訴人は現在も被控訴人発行の株式二三七万株を保有していることとなっているようであるが、現実には融資を受けた債権者に代物弁済、譲渡担保等により取得され、控訴人は実質上一株も保有していない。控訴人が証券取引法一八八条所定の主要株主となった事実も知らない。

3  同三の事実は認める。

4  同四のうち、被控訴人主張の書面が到達したことは認めるが、その余の事実は知らない。

三  控訴人の主張

1  証券取引法第一八九条は、会社の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用することを防止するための規定である。しかしながら控訴人は自分が主要株主であるとの認識もなく、また秘密を取得したことも利用したこともないから、被控訴人の請求は失当である。

2  控訴人が本件株取引により利益を得たとしても、これによって被控訴人にはなんらの損害も発生していない。したがって控訴人には損害賠償責任はない。

仮に被控訴人になんらの損害がなくても証券取引法第一八九条に基づき本訴請求ができるものとすれば、証券取引法一八九条は財産権の不可侵を規定する憲法ニ九条一項に違反するものである。

四  控訴人の主張に対する反論

1  証券取引法第一八九条の規定は、主要株主は会社の重要事実に対し一般株主より接近しやすい立場にあることから、インサイダー取引の未然防止のために規制を加える趣旨である。したがって、主要株主は、真実秘密を不当利用したか否かを問わず、六か月以内に短期売買をして利益を得た場合には、一律にその利益を会社に提供させることになっているものである。

2  証券取引法第一八九条は、インサイダー取引を間接的に防止する趣旨で、株式発行会社の損害の有無にかかわらず、形式的・一律的に短期売買の利益を吐き出させるために法が特に定めた規定であって、損害賠償請求とは本質的に全く異なるものである。

また、内部情報に接しやすい者のみが、自社株式の操作により利益を上げることは、一般投資家にとり不公平であるから、少なくとも役員又は主要株主になった以上、六か月間は自社株等の売買を自粛させ、それにもかかわらず売買をして利益を得た場合には、形式的・一律的に短期売買の利益を吐き出させることが、証券市場における公正な取引確保のために重要な機能を果たすのである。以上によれば、証券取引法第一八九条は憲法二九条一項に違反するものではなく、かえって憲法二九条二項の公共の福祉に適合するものである。

第三  証拠の関係〈省略〉

理由

一請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二〈書証番号略〉によれば、控訴人は自ら委託証券会社を通じて大蔵大臣に主要株主としての報告書を提出し、また大蔵大臣から主要株主としての短期売買にかかる利益関係書類の送付を受けている事実が認められるから、控訴人は自分が証券取引法第一八八条一項所定の被控訴人の発行済み株式総数の一〇パーセント以上の株式を保有する主要株主となり、またその事実を認識していたと認めるのが相当である。

控訴人は、株式購入に際しては、当初から購入した株式をそのまゝ譲渡担保等に提供する方法で融資をうけ、それにより株式を購入してきたから名義上の株主にすぎないとか、現在は購入した株式は代物弁済、譲渡担保等により債権者に取得されているから実質的な所有者ではないとか主張する。しかしながら、自己の計算により自己または他人の名義をもって株式を購入した者が実質的にその株主であり、株式購入資金が自己資金か否か、購入した株式が担保に提供されているか否かによって株主が誰であるかが決定されるものではないから、控訴人が本件において株主でないということはできない。また控訴人名義の株式がその後担保権者との間でどのような経緯をたどろうとも、控訴人が主要株主として短期売買した事実には変りがないから、証券取引法第一八九条一項所定の主要株主としての利益提供義務を免れるものでもない。したがって控訴人の主張はいずれも採用できない。

三請求原因三の事実、すなわち控訴人が被控訴人の発行株式につき短期売買をし、これにより利益を得た事実は当事者間に争いがない。

四控訴人は、証券取引法第一八九条は、会社の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用することを防止するための規定であるとして、会社の秘密を不当に利用したことが会社の利益提供請求権の要件であり、控訴人の場合は不当利用の事実がないから、要件に欠ける旨主張する。しかしながら、証券取引法第一八九条一項に「会社の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用することを防止するため」とあるのは、会社が同条に定める短期売買の利益提供を請求することができると定めたことの趣旨・目的を明確にしたものにすぎず、その職務又は地位により取得した秘密を不当に利用したことを利益提供請求権の要件としたものではないと解される。すなわち、同条は秘密を不当利用したか否かを問わず、主要株主として六か月以内に短期売買をして利益を得た場合には、一律にその利益を会社に提供させる趣旨の規定と解するのが相当である。したがって、秘密を取得したことも利用したこともないことを理由に被控訴人の請求を争う控訴人の主張は、その前提を欠き採用できない。

また控訴人は、控訴人が本件株取引により利益を得たとしても、これによって被控訴人にはなんらの損害も発生しておらず、したがって控訴人には損害賠償責任はないと主張する。しかし、証券取引法第一八九条は、会社の役員又は主要株主が自社の株式等について短期売買を行い、利益を得た場合にはその利益をすべて会社に提供させることにより、間接的にインサイダー取引の防止を図ったもの、つまり右利益金の提供義務は証券取引法により定められた特別の義務と解すべきものであり、民法の損害賠償義務とは制度的にも異なる義務と解されるから、控訴人の短期売買により被控訴人に損害が生じたか否かに左右されるものではない。したがってこの点についての控訴人の主張も採用できない。

また控訴人は証券取引法第一八九条は財産権の不可侵を規定する憲法二九条一項に違反するとも主張するが、内部情報を利用した取引が本質的に不公平であり、一般投資家にとって証券市場に対する信頼を損なわせることは明らかであり、インサイダー取引を未然に防止するために定められた右規定の趣旨・目的に照らせば、右規定が憲法二九条一項に違反するものとは到底解し難い。控訴人の主張は採用できない。

五控訴人が短期売買により五四九五万四三〇八円の利益を上げたことは前記三において認定したとおりである。したがって、被控訴人が自認する二〇五五万二〇〇〇円(控訴人が被控訴人に対し株主として有する配当金請求権)を控除した残額三四四〇万二三〇八円と、訴状送達の翌日以降年五分の遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由がある。

六以上のとおりであるから、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 滿田明彦 裁判官 亀川清長)

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